改心して、リーガルな書類を取得します。

つい先週のブログに掲載したのだが、コロナワクチン偽造で危うく逮捕されそうになった話を見てくれた人も数多くいると思う。

その一件で少し真面目になろうと改心し、今現在もワクチン証明書を保持していない奥さんのキキにワクチン証明書を取るように勧めていたら、先日家の近所でワクチン初摂取者の予約受付をしているという情報が入ってきた。

その初摂取を受けるためにはバリが現住所となっているKTP(身分証明書)が必修で、KTPの現住所がバリ以外の人はDOMISIRIというバリに住んでますよ。という証明書を町役場に行き発行してもらわないと今回近所で行われるワクチン接種は受けられない。

まだ現住所をバリに移していないキキは朝から町役場に出向いたので、私も3週間ほど前に外国人定住者用のKTPの書類を町役場に提出しておいたので、「進み具合を聞いといて。」家を出る前に伝えておいた。

家を出てからまもなくするとキキから電話があり、私のサインが必要なので町役場に出向くように伝えられた。

「さあやっとKTPができたかー。サインをしてKTPをもらってこれで一段落」と喜びながら町役場へとバイクを走らせた。

ここで少しKTPにふれておくと、外国人定住ビザでバリに住んでいると、日本に行ったり、ネパールに行ったり、その他の海外に行くのにはインドネシア再入国許可のビザが必要となる。そのビザは2年間の有効で、通常は2年毎に更新をするのだが。しかしインドネシアから国外に出なければ、この再入国許可書は無くても問題は無い。私の再入国許可書はもうすでに切れてから1年以上経つ。

なぜ海外に行く用も無い今頃、再入国許可を取るかというと、コロナ前は基本再入国許可を持っていないとインドネシアに再入国できないのだが、以前はその辺をうまく解決できる方法もあった。しかし今コロナ騒動で入国に関してものすごく厳しくなっている。航空券が高く、隔離もある今の時期に海外旅行に行くことすら忘れているのだが、現在日本に住んでいる長男ユウナの事を考えると、もしもユウナが怪我や急病になった場合、私が急に日本に行かなくてはならなくなったとしたら。再入国許可を持ってなくても急な日本帰国は可能だが、規制が凄く規模しい今インドネシアに再入国できなくなってしまう。この先スンバワプロジェクトが始まり、1年以上はベッタリ張り付き、長期で離れることはできない身になる。そして現状況を見ていると、再入国許可を持たずにインドネシアから出国した場合、今度はいつまた入国できるか分からない。だから再入国許可を持っていないと面倒なことが起こりかねないと思い海外に行かないのだが取得をすることにした。

私の持っている外国人定住ビザだと、その再入国許可を取得するにはKTPを保持が必要条件で、ビザを取得前にまずはKTPを取得しなければならないのだ。

そのKTPを取得するには、ビザを取得するよりも数多くの手続きと書類が必要となり、それで時間を要する。普段ならビザエージェントに頼みすべての手続きをお願いするのだが、個人でKTPを取得するのと大きな金額の違いがある。

今、金無し、時間ありの私はエージェントに頼まずに自分の足で各官庁に出向いて手続きをしている。「再入国許可を取るまでは、こんなに長い道のりだったのか。」と思いながらも、一つ一つ準備を済ませてきた。

話を元に戻すが、やっとKTPが出来上がるぞ。とウキウキしながら町役場に到着すると、出生証明(戸籍抄本)の翻訳が必要だと伝えられた。すでに自分でかんたんに通訳した戸籍抄本のは提出してあるのだが、「しかしそれでは駄目」ちゃんと機関の証明があるもので無いと受け付けられないと却下されてしまったのだ。

ガッカリしながら自宅に戻り、ネット情報を調べ、通訳専門会社にメールを送ると即返事があり、「料金200万ルピア、期間8日間」と書いてあった。「えーったった少しの通訳文作るのに200万ルピアもかかるのー。お金に困っている今は1ページの通訳ごときにそんな大金払えない。」と思い、その他の通訳業者を探しメールをしてみたが、一向に返事が帰ってこない。

しばらくどうしようか考えていたら、良いアイディアが浮かび上がってきた。KTPを取得する手続きは高い代金だがビザ代行屋で出来る。「それじゃあ、通訳の部分だけビザ代行屋で頼むことできるだろう。」と思い町役場から戻り10分もたたないうちに、またバイクに跨りビザ代行屋があるクタの中心地を目指した。

ビンギン周辺は10日ほど前からだろうか?少なかった外国人が更に少なくなっている。幹線道路以外の道は相変わらず閑散とし、冬の真っ只中で半袖では冷たく感じる風が軽く木がしなるほどの強さで吹き付け、両サイドの木々は茶色くなった枯れ葉が落ち、スカスカになってしまった林を見ながらバイクを走らせると「空は真っ青な青空で所々に真っ白な雲が出ていて存分無い高天候だが、なぜか心はグレーな感じだ。」と思いになった。

そのまま寒い心でクタにあるビザ代行屋をめざし途中の道のりは交通量や街の雰囲気は普段と変化は無かったが、今日は活気にかけるように見えた。交通量が少ない快適に走れるバイパスを信号待ちもせずに、普段より早く30分もしないうちにクタ市街に到着した。

クタの市街には久し振りに来たが、以前来たときより閉店しているお店、立ち退いたお店、for sale .for leaseと書かれたお店が増えている。なんとか開けているお店の割合は全体の10%を下回る数、それで車にバイク、人通りもほとんど無い。外国人の姿は四方八方見渡してもどこにも見当たらなかった。

以前見た時のクタ市街の景色は閑散としているという言葉が似合っていたかもしれないが、今日のクタの景色は冬の寂しい気候のせいでもあるのか、何者かによってコロナの菌がぶち巻かれて、人々が逃げ出してしまったかのように殺伐な所に見えた。

1年半前までは人で溢れかえり陽気な場所が今は。商売をたたんだオーナー、その店で働いていた従業員たち、観光客待ちをしていたタクシー、そして店舗を持っている地主たち、「みんな今、どうしているんだろう。」と思うと可哀想だなーと、涙がこぼれそうになってしまった。

そんな景色の中をしばらくバイク走らせると、ビザ代行屋の看板バリモードが見えて来た。周りの店は軒並み閉店しているので、このバリモードも潰れてしまったのでは無いかと不安心で近くにバイクを駐車すると店舗の前にはコロナ前の10分の1ほどの数だがバイクが停車していた。

この店は全面に真っ黒なすりガラスがはられていて中の雰囲気すら見えない。だから店のギリギリまで近づかないと空いてるかも分からない。

バイクを止め、少しずつ近づくとopenと小さく書いた札が入口にかかっているが確認できた。重めのガラス扉を押して入ると、そこがオープンな作業場となっている。恐る恐る中に入り、一瞬の内に中を見回すと、3人いるのが確認できた。そのうちの一人は以前私のビザを担当してくれていたジョニーだった。

ジョニーも私が訪れたことをすぐに気付いてテーブルを挟んだ対面に来てくれた。私はKTPを作るのに戸籍抄本の通訳が必要でここに訪れたわけだが、まず従業員の数の少なさに驚いたのと、近所のお店が軒並み潰れている中、バリモードだけポツンとオープンしているので、ジョニーに発した第一声は「sepi tapi masih hidup」だった。(暇だねー。でもまだ生き残ってるね。)

そしてジョニーから「kota mati」と返事が帰ってきた。(死んだ街)

そんな厳しい現状の中まだバリモードで仕事があるジョニー、収入を失いまだなんとか踏ん張りバリにいる外国人の私、2人が戦友の様に感じる思いがした。

そして夕方になった今、まだジョニーから戸籍抄本の代金の知らせは来ていない。どうにか安い値段で提示してくれたらジョニーのところを使えばお互い良いのだが、と思いながら連絡を待っている。