世界各国から訪れる人、それに携わり移住する人がインドネシアの中でもずば抜けて多いバリ島。その数は私が住み始めた頃の何十倍にもなっている様に感じる。そんなインターナショナルなバリ島だから、食材や調味料は日本食をはじめ、各国の物が不自由なく揃う。
だから私の様に料理をする人間にとっては絶好の場所、実際バリ島には東京とまでは行かないが日本の地方都市より世界各国のレストランが集まり、その内容は見様見真似のヘンテコな物ではなく、本場の物が味わえる。
修行時代から合わせると、合計20年以上対面式の調理場で仕事をしてきた私だが、コロナが始まって以来カウンターに立つこともなくなった。
バリ島同様、四方海に囲われたスンバワには魚がいるはずだけれど、人口が少いせいなのか?漁船や漁をする道具が少ないのか。バリの魚市場の様に種類豊富な魚介類が手に入らない。そしてバリではインポートの和牛や最近では神戸牛も手に入るのに、牛肉は勿論、鶏肉、ヤギ肉も部位で仕入れることができず一匹買いになり、バリのようにお店で好みの物を少しずつ選んでなど。気軽に手に入れることはできない。
生鮮食品が売っているようなスーパーがないスンバワは野菜の種類も限られ、お米に関してもバリで手に入るグレードが高い物はまだ見かけたことがない。
そして極めつけは調味料、私は寿司が専門職だけれど日本食にイタリアン、中華など色々な料理をsecret gardenに遊びに来てくれる方に調理してきたが、それは調味料があったからこそ出来たこと。
バリでは貴重とも思わず「ドバドバ」使っていた醤油に酒、味醂、酢。オリーブオイルもバルサミコもコチジャンもごま油も他にも色々、スンバワで手に入るものはわずか。料理人の人なら同感してくれると思うけれど、調味料は揃わない素材の数も限られている。 そんな環境だと料理をしたい気分には到底なれない。だからスンバワに来てから、バリでは家族にも作っていた料理もやらなくなってしまった。
子供を学校に送る道端には小さな漁港から水揚げされ、鮮度をたもつ為あまり冷えてなさそうな氷水に魚種も魚のサイズもゴチャゴチャに混ざった発泡スチロールの箱が5つぐらい置かれた青空魚市場の前を毎朝通る。料理はやらなくなった今でも市場で魚を見るのは好きなので、買い出しは私の役目。
6ヶ月もの間、小さな市場へ顔を出していると、ここではどんな種類の魚が水揚げされるのかほとんど把握することが出来る。
しかし今日もいつも通り子供を幼稚園に迎えに行った帰り際、道端にバイクを寄せて魚が入った発泡スチロール箱を覗いて見ると、今まで何千回と通ったバリの魚市場でも2度しかお目にかかったことのない魚が箱の中にいた。
スーパーでサランラップに包まれた魚しか買ったことない人には分からないと思うけれど、魚料理を専門職にする人間には、このようなお宝品を見つけると急に血が騒ぐものだ。
速攻バイクから降りて、品定めをしてみると確かな鮮度で背中部分もふっくらと盛り上がり、美味しそうな体型をしている。
今日この魚に出会ったことで、また皆を目の前に料理がしたいと思えて来た。やらなくなり後から分かった事だけれど料理を振る舞っていた時間は幸せなときだったのだなと。
よし。今夜はお宝ショクザイで酒蒸しに昆布締めだ。
でもスンバワには酒も昆布も無い。せっかくの甘鯛がインドネシア料理になってしまうと思うとすごく勿体ない気持ちになる。